TPOJ通信

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雛人形と金魚の競演

TPOJカスタマーサポートの佐藤です。
先週、例年より約1か月遅れて、北海道の網走に流氷が接岸したというニュースを耳にしました。

網走には私も3年程前に一度行ったことがあります。
山の斜面に沿って街が開けているのか比較的坂道の多い地形で、坂を登るとオホーツク海が見渡せる場所もありました。
坂の上でふと振り返ると、圧倒的なスケール感を持ったオホーツクの海が視界に飛び込んできて、その雄大さにただただ見入ってしまったことを覚えています。

私が網走を訪れたのは4月の初め。その時は流氷を目にすることはできませんでしたが、あの大海原が白い氷で覆われる光景は、さぞかし見応えがあるのだろうと容易に想像ができます


「金魚ぇ~、金魚」という独特の呼び声を響かせながら、天秤棒を担いで歩く金魚売り。
若い年代層の中にはもはやその存在すら知らないという人も多いかと思います。しかし、ひと昔前の日本では、こうした金魚の行商が普通に見られたものでした。

この金魚売り、売っているのが金魚なだけに夏の風物詩というイメージがあるのですが、じつは3日後に控えた雛祭りとも、思いがけず繋がりがあるようなのです…。

◆◇◆◇ 雛飾りと金魚を結んだ金魚売り ◆◇◆◇

新雛

『新雛(しんひな)』という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか。

戦前のことのようですが、関東の一部の地域では鉢に入れた金魚をお供えとして雛壇に飾る風習があったのだそうです。そして『新雛』とは、そのお供えに用いる金魚のこと。

さて、このような風習が生まれた背景には、意外なことに金魚売りの行商があったといいます。
金魚売りの行商というのは、雛祭りを控えたちょうど今頃の季節から始まるものだったらしく、折しも重なる桃の節句と相まって雛飾りと結び付いていったのではないかと推測されています。

もっともこれには、蛤やあさりなどの海産物を雛人形に供えるという古い習わしを上手く商いへと転じた、金魚商たちの戦略もあったようです。
輸送環境もさほど整っていない時代、海のものを手に入れるのが困難だった内陸の地域で、金魚を『新雛』と称し海産物の代用として広めていったとは、思えばじつに巧みな商戦ですよね。

まあ、そんな知略が多少はあったにせよ、春先になると姿を見せるきれいな金魚は、麗らかな季節を予感させる縁起の良いものであったことには間違いないのでしょう。
美しく吉兆である金魚と、女の子の健やかな成長を願って飾る雛人形。この組み合わせをことわざで例えるとすれば、まさに“水を得た魚”ということになるのかもしれませんね…

この記事を書いた人

佐藤
佐藤
2009年入社。
マーケティングチームでライティング業務を担当しています。
浅草生まれの葛飾育ち!
下町エキスがたっぷりと染み込んだ江戸っ子です‼